障害年金は、申請主義の制度です。
どれほど生活が苦しくても、
どれほど支援が必要な状態であっても、
申請しなければ、何も始まりません。
これは制度としての前提であり、
誰かを責めるための仕組みではありません。
しかし現実には、この「申請主義」という仕組みが、
最も支援を必要とする人たちを、制度から遠ざけてしまうことがあります。
申請主義が前提としている「人の姿」
申請主義は、暗黙のうちに次のような人を想定しています。
- 自分の状態を言葉で説明できる
- 書類を集め、期限を管理できる
- 困ったときに相談先を探せる
- 「助けてほしい」と言える
ところが現場で出会う多くの方は、
そのどれもが一人では難しい状態にあります。
特に、長年「我慢すること」だけで生きてきた人ほど、
限界を超えて初めて、周囲が異変に気づく。
その時には、生活も心身も、すでに壊れかけていることが少なくありません。
「申請できなかった」のではなく、「申請という行為ができなかった」
セルフネグレクト状態にある方に対して、
「なぜもっと早く申請しなかったのか」
そう問いかけるのは、あまりにも酷です。
それは、
制度を知らなかったからでも、
怠けていたからでもありません。
申請するという行為そのものを、人生で経験してこなかった
ただ、それだけのことなのです。
申請主義の前では、
「声を上げられない人」は、存在しないのと同じ扱いになってしまう。
ここに、制度と現実の大きなズレがあります。
それでも、申請主義の中でできることがある
制度が申請主義である以上、
最終的には「申請」という手続きを避けることはできません。
だからこそ重要なのは、
本人一人に申請を背負わせないことです。
- 家族
- 支援者
- 医療機関
- そして専門家
誰かが気づき、つなぎ、支えることで、
はじめて申請主義は「機能する制度」になります。
壊れてから気づく社会でいいのか
限界まで我慢し、
壊れてからしか手を差し伸べられない社会で、本当にいいのでしょうか。
申請主義は冷たい制度ではありません。
ただし、放っておけば冷たくなってしまう制度です。
声を上げられなかった人が、
「申請できなかった」という理由だけで切り捨てられないように。
障害年金は、
申請主義という枠組みの中で、
人の人生に寄り添える制度であり続ける必要がある。
私は、そう考えています。
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