【3日間シリーズ】
今日はその二日目。障害年金という制度を手がかりに、
「自己責任論はどこから来たのか」を考察します。
―― ある世代の感覚から見えるもの ――
私は昭和生まれですが、
「自己責任」という言葉そのものが、
昭和の終わり頃から急に使われ始めた、
という感覚はあまりありません。
むしろ私の実感としては、
その頃生まれた人たちが、
この言葉をしきりに使っている
ように感じます。
それは、その世代が冷たいからでも、
他人に厳しいからでもないと思います。
昭和の終わりから平成にかけて生まれた人たちは、
生まれたときから、
「自分で選び、その結果を引き受ける」
というのが当たり前の社会で育ってきました。
進学、就職、働き方。
選択肢が増えたように見える一方で、
うまくいかなかった結果については、
「自分で選んだのだから仕方がない」
と説明されやすい時代でもありました。
この背景には、
個人の自由や競争を重んじる
新自由主義的な考え方の影響があるとされています。
新自由主義は、よく言えば、
国や社会が過度に介入するよりも、
個人の選択を尊重したほうが、
社会はうまく回る、という発想です。
この考え方自体が、
誰かを切り捨てることを目的としていた
わけではないかもしれません。
ただ、その考え方が
社会の「前提」として共有される中で、
病気や障害といった、
本人の努力ではどうにもならない出来事まで、
自己責任のように受け取られやすくなった側面があります。
こうして自己責任論は、
特定の世代にとって、
「価値観」というよりも、
生きていく上での前提条件として
身についていった気がしています。
だからこそ、
自己責任という言葉は、
強い主張というより、
説明のための言葉として
何度も繰り返されるのかもしれません。
しかし、
すべての出来事を
自己責任という枠組みで捉えてしまうと、
本来、支えが必要な場面まで、
見えにくくなってしまいます。
明日は、
こうした自己責任論とは異なる前提に立つ
障害年金という制度が、
なぜ今も必要とされているのか。
その役割について、考えてみたいと思います。
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