一昨日亡くなった志村けんさんも、まさか自分がコロナで死ぬとは思っていなかったと思います。彼の死は、無関心な若者にも死を身近に感じるご縁となりました。
お寺に生まれたわたしは、小さいころから人の死が身近でした。というのも、今のように葬祭場が一般的ではなかった当時、お葬式といえばお寺で執り行うことが多かったからです。
そんなわたしももちろん死ぬのは怖いです。でも、3年前に父を亡くしてからは自分の死を意識しない日がなくなりました。それは、自分が死ぬときに後悔したくないからです。
「たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植える」。これは、教科書で見覚えのあるマルティン・ルターの言葉です。明日、世界が滅びるとしたら、さて、あなたは何をしますか?