もぎけんさんがデイリーショーで面白いことをいっていました。「安心ができないということは、先が見えないわけで、先が見えないということは、先に何があるのかわからないということですから…(中略)、先には何があるのかはわからないけれど、先はあるんだよとポジティブシンキングに結び付けていくことが大事…」。
もぎけんさんは、こうもいっていました。「一歩一歩歩くということは、足を互い違いに出すということが何よりも大事で、明日に向かって歩くということは、走ってはいけないということです。」これを聞いて亡き父の言葉を思い出しました。
「先が見えんのが人生ゆうでちゃうん。おまえの好きなように行ったらええんじゃが」。1930年生まれの父は、十五になってまもなく敗戦の日を迎えました。それは、1945年8月15日を境に世界観が一変したということで 「鬼畜米英・天皇陛下万歳」が 「平和憲法万歳」 に一夜にしてひっくり返るさまに立ち会った、いわゆる「教科書に墨世代」ということです。
新型コロナは、日本の敗戦同様、わたしたち日本人に世界観の大転換をもたらす契機になるかもしれません。ただし、新型コロナがあろうがなかろうが、人生の先が見えないことに変わりはありません。 「教科書に墨世代」 は、政治も教育もあらゆる権威を疑います。今、わたしたちに必要なことは、自分の頭で考えて、権力に寄りかかるのではなく、権力を監視し、権力に物申し、決して走らず左右の足を互い違いに踏み出し続けることだと思うのです。